世界最高峰、エベレストのふもとに広がる国、秘境NEPALへとご案内いたします。

エベレスト街道

エベレスト街道

2011.9.8更新 (2010・10・21に初公開)

エベレスト街道を行く トレッキング報告その1

ベースキャンプ・ゴーキョ・カロパタールを二週間で

2010.10.21にこのページを立ち上げています。偶然このトレッキングの出発日が37年前の同じ日です。最近のエベレスト街道の様子はビデオつきで配信されています。ルクラ飛行場やナムテェは家やロッジ風ホテルなどが建ち、街道の整備も進められてきたようです。でも雄大な大自然は変わりなく、なつかしく思い出されます。
このトレッキングはカトマンズ滞在中に企画しました。同行は青年海外協力隊員同期の佐藤測量隊員。準備も現地調達。それでもできるだけ万全な体制で臨みました。二週間でベースキャンプだけではなく、ゴーキョとカロパタールもいけたのは本当にラッキーでした。高度順応のために向かったゴーキョでみぞれが降った一日を除いて晴れか少し曇りで天候にも恵まれました。

1973年10月21日(第1日目)

 カトマンズから22人乗りの小型セスナでエベレストのふもとルクラ(標高2850m)まで一気に飛ぶ。天候が悪く、旋回するうちにポッカリとルクラ飛行場が雲間に見えた。22人乗りのセスナは激しい振動とともに着陸。
写真下:中央右に着陸か離陸に失敗した飛行機の残骸が見える。

谷にへばりつくようなルクラの飛行場

チョンガ・シェルパ、22才。2週間の道中案内・安全への配慮・荷物管理・お茶の準備・ポーターのやとい上げと解雇の手配をした。ラマ寺の住職へ私たちを紹介するなどの機転もあり、若いが信頼できるシェルパだ。彼に案内役を託すことができたのは本当に幸運だった。

わたしたちのチョンガ・シェルパ22才

9:20  カトマンズ発       
10:00  ルクラ着(2850m)
     シェルパとポーターをやとう
13:00  ルクラ出発
16:50  第1日目のキャンプ設営
19:00  就寝

ポーターの

ポーターのアンヌリとアンニマ兄弟。
お兄ちゃん(右)の方が力持ち。
彼らもシェルパ族だ。
シェルパ族だからみなシェルパになれるとは限らない。
3日ほどで別の村のポーターと交代する。

1973年10月22日(第2日目)

5:00起床 洗面は近くの川まで降りてする。水の冷たいこと。
     朝、シェルパが差し出すミルクティーは格別おいしい。
     ティーサービスは朝に限らずトレッキングの間中続いた。
     パンとチーズ、サラミ、ナッツ類で朝食をすませる。
5:40出発 ただ、ひたすら歩く。
     荷物は少ないが、カメラを持つのもいやな位疲れた。
     Namcheより1時間ほど下で外国人40人程の隊と出会う。
     荷物をヤクの背に積んだ大所帯だ。

少し、景色を楽しんで

12:20 昨日私たちが目標にしていた川のそばの宿泊所。
    外国人一行十数名に出会う。
    シェルパやポーターを合わせると40人ほどの大部隊だ。

ご主人たちに従ってさあ、出発ヤクに混じって牛もいる荷物は落ちないように固定する

ヤクも疲れてしばし休憩。
ヤクは力持ち、ヒマラヤの荷揚げに大活躍

     エベレストのピーク(8848m)
     ローツエ(8516m)
     カロパタール(5545m)
     が見えた。カロパタールには今回登頂予定だ。
11:20 Namche到着(3450m)  
いきなり雪山が聳えるナムチェバザールはエベレスト街道で一番大きな集落・定例で市場も開かれるナムチェでみんなそろって記念撮影。後左端は同行の佐藤さん。青年海外協力隊の同期だ。後右の3人は交代した新ポーター、これから3日間荷かつぎをする暖かいこの部屋で泊まれることになった少し煙たくて独特の雰囲気、テントで寝るよりは屋内の方がずっといいここでは薪も貴重品
午後は付近を散策し、写真撮影。
小さなお店があったのでのぞいてみる。
民家を訪ねお茶をごちそうになる。
ネパール語が通じ通訳なしで話せるのがうれしい。
夕食の支度をしながら雑談した。
家族4人とこの部屋で夕食をともにした。
私たちの日本食(インスタントラーメンなど)も少し食べてもらう。
今夜は家族と一緒にこの同じ部屋に泊めて頂くことになった。
シェルパとポーターは外で寝る。

1973年10月23日(第3日目)NamcheからPhortseへ移動

8:30  Namche出発
14:15  Phortse到着(3800m)     

たばこのサイズと比べる。意外に小さい

ラマ寺見学。
雪男(Yeti)の頭と手のミイラを見る。
たばこのサイズと比べると大きさがわかる。
この頃、雪男の探索隊が日本からも訪れていた。

ポーター交代。

1973年10月24日(第4日目)PhortseからPhericheへ移動

8:30  Phortse(3800m)出発
15:00  Pheriche到着(4243m)

25日(第5日目)PhericheからGokyo(4790m)へ

ここからはGokyoの湖サイドまで3日間をかけた高度順応のための寄り道となる。
午後からミゾレ混じりの雪が降り出す。
途中で後ろから現地に住む母と子が追いついて、一緒に話をしながら歩く。じゃがいもとビスケット交換して一緒に食べる。途中で別れ、Gokyoの湖(Dudh Pokhari)へ

ゴーキョの湖Dudh Pokari

ゴーキョの湖のそばの無人の小屋にとまる。
石を積み重ねて作った小屋があり、ほっとする。
寒い。シェラフを二枚重ねにしてもぐり込む。

天気がいい!!石小屋の外は明るかった

翌早朝、石組みの小屋の窓からヒマラヤのピークが見える。
よく晴れ、真っ青な空だ。
新雪が残っている。
昨日は見えなかった周囲の美しい景色に驚く。

1973年10月26日(第6日目)GokyoPeak(5360m)からエベレストと大氷河の展望を楽しむ

Gokyo peakからエベレストをDudh Pokhari

Gokyo peakから氷河を

外に出る。ゴーキョの湖が美しいエメラルド色だ。
日差しがきつい。
昨日の雪が地面を覆っている。
雪が溶けだすと岩のコケがきれいだ。
紅葉の色どりで太古から生きているという風情で岩に張り付く。
晴れた真っ青な空に湖の青が冴えている。

ここから570m登り、目前のゴーキョ・ピークをめざす。
約1時間半~2時間ほどの登り。
大規模なギャチュンカン氷河やエベレストの雄姿の全容がみえる。
360度の大パノラマだ。
2010年現在、日本や世界中からこの展望を求めて訪れる観光客が多い
Gokyoのレイクサイドの石造りの無人小屋に再び泊まる。
    

1973年10月27日(第7日目)Gokyoからいったんphortseまで降りる。

ポーター3人

  早朝、Gokyo(4790m)出発
     Phortse到着(3800m)
     Phortseから
15:00  Pheriche到着(4243m)

これで横滑りの高度順応一通り終了。
明日からは再び、エベレスト街道を歩き出す。
ポーター交代。
家族3人だ。
夫婦とその娘。
シェルパ族の女性は強い。ひとり20キロ以上はかついで登る。

1973年10月28日(第8日目)Pheriche発

11:30 Lobuche到着(4930m)
14:30 Gorakhep到着(5140m)
   満月の夜。 雪崩の音が時間を置いて聞こえている。
   頑丈な石組みの囲いがある。
   石組みを楯にテント設営。
   紅茶が疲れを癒してくれる。

1973年10月29日(第9日目)Gorakusyeppu発

9:00設営したテントと大きな荷物は残したまま、ベースキャンプに向けて出発。ポーターは荷物とともに残る。
氷河のひかりすばらしいブルーだ。“ほらきてみて”とチョンガ・シェルパこんな美しい水色見たことない水がきれい、ひかりがきれい氷河の中に入ってみる。下は地面で安全だ。
シェルパの案内で氷河をベースキャンプに向かってゆっくり歩く。
途中、氷河の中を水が流れるところに立ち寄る。美しい透き通った水色の氷の色を楽しむ。初めて見るクリスタルブルー、別世界だ。
12:00ベースキャンプ到着
ポーランド隊のテントの中。キッチンのあたたかさでほっとする
ポーランド隊のテントに案内され、紅茶とビスケットをごちそうになった。ベースキャンプのテントの中は意外と広い。
歓迎されてちょっとリラックスの私。丸顔で微笑んでいるが、顔や手には高山病の徴候のむくみがきていたベースキャンプで記念撮影・チョンガシェルパ(左)と同行の青年海外協力隊同期の佐藤測量隊員(右)
13:00ベースキャンプ出発
14:00Gorakusyeppuに帰り着く。
テントで就寝。白夜のような月夜。雪崩の音も間をおいて聞こえる。
天候もいいし、疲れも程ほど、体力もしっかりある。
明日は半日ほどの行程でKalo Potalの頂上をめざす。
エベレスト写真撮影の絶景ポイントだ。

1973年10月30日(第10日目)Kala Pattar(5545m)からのエベレスト撮影

きょうはエベレストの写真を撮りに行く。
大きな荷物は持たず、テントもたたんでまとめる。
ポーターを荷物番として残し、日帰りだ。
7:00 Gorakusyeppuを出発しKala Pattarへ

本当に目の前にエベレストが聳えている

エベレストと対面するKala Pattarのピークに登る。
ベースより200m以上高いが楽に登れた。

はがきでよくみるエベレストはこのポイントからの撮影が多いようだ。この写真が自分で撮れたなんて。

カロ・パタールは2010年現在、エベレストの人気観光スポットのひとつになっている。

エベレストの大パノラマを撮影し、Gorakusyeppuへもどる。
荷物を持ってPeriche(4243m)へと下山。
ここからは帰路。一気に高度を落としていく。

1973年10月31日(第11日目)PercheからTanboche(3860m)へ

LAMA寺見学 住職とお話し、お茶をごちそうになる。

1973年11月1日(第12日目)

9:00Tanboche出発
15:00Syanboche(3720m)到着
15:15ポーター解散
16:00シェルパ解散
チョンガ・シェルパと別れを惜しんだ。
シェルパの白い布を頂いた。
37年経った今、彼も50才代の後半だ。今どうしているだろう。できることなら会いたい。
Syannbocheで明日の飛行機を待つ
シェルパ族の小さい宿に宿泊。
薪を炊いた炉端でシェルパ風夕食を食べる。
この道中で残しておいた食べ物、ビスケットやナッツ類、チョコや缶詰と物々交換。
おしゃべり付きだ。

1973年11月2日(第13日目)

本日のFligtはキャンセルとのこと
あせらず宿泊を延ばし、疲れをとる。
ちょっと塩味のシェルパのお茶を飲む。
寒さ対策のカロリー補給でバター入りだという。
手作りのバターも見せてくれた。

12~13才位の娘さんが近くを案内してくれた。
牛集めのこと、乳搾りや、日々のくらしなど話す。
山で暮らす人々の生活にふれた。

夕方、宿の奥さん手作りのシェルパ族の地酒をごちそうになる。
なんとかいう穀物の実を醗酵させ、絞ったもの。
日本のどぶろくよりは味が荒っぽいがよく効く。
明日のfligtを期待して眠りに就く。

3日(第14日目)

6人乗りセスナでカトマンズへ無事到着
Syanbocheの空港から飛ぶ

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