世界最高峰、エベレストのふもとに広がる国、秘境NEPALへとご案内いたします。

ランタンの谷

ランタンの谷

2012年6月29日更新
40年以上前の我が青春のネパールの思い出を振り返っております。

国花シャクナゲの咲くランタンの谷へ トレッキング報告その2

これがネパールの国花赤いシャクナゲです。
ネパールの国花、赤いシャクナゲ

シャクナゲが咲く世界一美しい谷といわれる、ヒマラヤの秘境ランタンの谷へ出かけました。
青年海外協力隊員としてネパールのセントラル・チェスト・クリニックに結核予防活動をするかたわら、休暇を利用した約1週間のトレッキングでした。

カトマンズでの仕事の調整などで、花の咲く3月ではなく雨期の気配の残る時期になってしまいました。

シャクナゲの花の季節はすでに終わていました。
人の背丈よりも高いシャクナゲの木、その青々とした枝葉の隙間から美しいヒマラヤの山脈を覗き見ることができました。

今回のランタンへのトレッキングは同じ滞在先に宿泊していた日本人看護師の中村嬢と計画しました。
カトマンズの我が家には日本からの旅行者がよく遊びにきます。
旅先で日本食が食べたくなり、つてがあったり、風のたよりで聞いたりで我が家を訪れる方がありました。
たまたまカトマンズの我が家を訪れた日本人旅行者、小池さんも同行することになりました。
小池さんは、一人旅でインドから中国をまわり、ネパールでトレッキングを希望のわたしたちと同じ20代半ばの日本人女性です。
雨季の終わりごろでした。
あらかじめカトマンズで調べた地元情報を確認し、この季節なら大丈夫という長期滞在の山のベテランたちの意見も参考にして出かけました。

のんびり出かけた3人旅・・・だけど

はじめは天候にも恵まれ、ゆとりで旅を楽しみました。
コスモス満開の畑にうずまって記念撮影をしました。
地元の民家で子供たちとふれあったり、高台にテントをはり、お葬式の行列を遠くから眺めたりしました。
満天に広がる星空は今まで見たこともなく美しく驚きました。
星が大きいのです。仰ぎ見ると本当にみごとでした。
テントから首をのばして輝きをみながら、今、ここにこうして生きているということを実感しました。

しかし、雨期のはずれの季節ということで、登山ルートの沢の水カサが多く、予定した岩登りの沢も所々滝ができていたり、ふだん流れていないはずの所に小川ができて迂回するなどちょっと苦労しました。

このトレッキングではゴーラタベラという山小屋での滞在が印象に残ります。
  現在、ここの山小屋は数も増えて整備され、このルートでのトレッキングの重要な宿泊、休憩場所になっているようです。

ここでは食事がヒマラヤの道中にしてはめずらしく焼きそば風のヌードルやチャーハン、蒸し餃子やスープやパンなど超格安でしかもおいしかったです。思わず朝、昼、晩に何をどれくらいの値段でいただいたか、しっかりメモをとりました。滞在を少しのばして休憩し、しっかりと満足のいく食事を楽しみました。今は施設屋設備もよくなり、その分値段も上がっているかも・・・。

また、宗教的なちょっと神秘な印象の山や湖、チーズづくりの民家の軒下でテントを貼らせてもらい、小川で洗濯したものをズラリと軒下に干して乾燥したこと思い出としてなつかしく思い出されます。

現地でゆずっていただいたチーズは素朴で持参のかためのフランスパンと一緒に頂くとおいしかったこと。
持参の干しぶどう、ピーナッツやアーモンド、カシューナッツなどのナッツ類(これらはカトマンズで安く手に入ります。かさばらず、カロリーも高く、いざという時の保存食としてトレッキングには是非おすすめです。)

そして、牛の目に張り付いた大きなヒル。血を吸って大きく5~6㎝ほどになったヒルは不気味で、自分で払いのけることができない牛が気の毒でした。
私たち、女性3人のトレッカーのヒル対策は
 1.ストッキングを履く。(細かい編み目がヒルの進入を防ぐ)
 2.肌はださない、長袖と長ズボンを着用する。
 3.もしも貼り付かれたら、たばこの火で落とす。
    で大丈夫でした。
このトレッキングで、中村嬢は屋外トイレ中、虫さされて痛い目に会い、池田嬢は山歩きで疲れた頃、右足に痛みが出てしまいました。
湿布をし、私たち看護師が応急固定の処置をしました。
最後のルートは、彼女をチーズ作りの民家の軒下に張らせていただいたテントに残し帰路につくまでゆっくり休でもらうことにしました。

中村嬢と私はわずかばかりの荷物を小ぶりのザックに入れ、霧の中を目的地に向かって歩きました。
遠くから霊場に詣でるネパールの家族や人々と出会いました。
日本の某大学からの研究チームが湖の畔にテントを貼り、気候か地理に関したなにやら調査中とのことでしたが詳しく聞かずに帰途に着きました。

足を痛めた彼女は帰国のフライトに間に合わせるため、捻挫のような状態で足を引きずりながら歩き続けました。(帰国直後の診断でやはり捻挫だったとのこと)
荷物は全部ポーターに背負ってもらい、自分の体だけ、自力で運ぶのに必死でした。
バスの交通のある宿までの帰路は目の前が真っ暗になるほど大変だったようでした。

ネパールのトレッキングでは昔も今も、日本の登山のように代替えの交通手段など期待できません。
いざとなったら、自分の体力と気力がたよりです。
国内の旅以上に慎重な準備とゆとりをもった計画、大切ですね。

このページは2011.8.28に公開し、10月20日更新です。

30数年前の思い出を書きました。 
このトレッキングで撮影した思い出の写真が、どうしても見つからず、掲載が遅れ、しかもほぼ文章だけとなってしまいました。あしからず、です。ごめんなさい。

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