世界最高峰、エベレストのふもとに広がる国、秘境NEPALへとご案内いたします。

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このページの最新更新日は2019.10.23

10年間の体調不良で更新が途切れ気味でした。回復具合に合わせちょっぴずつ重ねての更新にトライします。

1999年(20年前)に胃がんの大手術をうけました。
その後遺症で、ほぼ寝たきりになってしまいました。
でも一昨年(2017年)の9月頃から自分でも驚くほどの回復で、動けるようになりました。
現在、車いすはやめ、歩行器と杖での生活です。

週二回だった訪問リハビリはやがて週一回となり、昨年1月で卒業となりました。40歳代のとても優秀な理学療法士さんでした。

週2回、理学療法士さんによる訪問リハビリは、2017の8月からは月2回となり、昨年(2018年)1月末で卒業しました。自分の状態がめざましい改善を示しているのはリハビリの指導のおかげと思われます。足腰の筋力トレーニングを日々の暮らしの中で意識しながら繰り返し実践する「生活リハビリ」がその成果を表していると感じております。

日曜日以外は毎日、介護ヘルパーさんの助けを借りておりましたが、やがて週二回となり、昨年9月からはヘルパーさんも卒業です。
入浴やシャワーは自分ひとりでもできるようになりました。浴槽にも踏み台なしで入れます。シャワー用の椅子に乗り換えることが一人では困難だったのが今は夢のようです。
夫が毎日、出勤前に朝風呂にはいるので、そのお風呂のお湯を波々にして肩まで浸かります。浴室が広めで浴槽もほどよいは深さがあります。浴槽の中でのんびりくつろぎながら身体の位置を変えたり、曲げ伸ばしをします。浴槽での浮力を利用したスクワットやひざのすじを伸ばすお風呂リハビリを毎朝の日課にしております。

野菜を切ったり、掃除をしたりすることもヘルパーさんの手助けが必要でした。今はきのこ(シメジ・まいたけ・椎茸・えのき)入りの野菜スープはいつでも食べられるように、タイマーつきの煮込み名人鍋に仕込みます。

一時期は全くの寝たきり状態でした。
訪問診療のドクターが月2回訪問してくださいましたが、それも平成26年の9月からは近くの開業医さんへの受診に切り替えることができました。現在は3か月に一度の受診です。
歩いたり立ち上がったりはもちろん、移動や排せつもひとりではできなかったことがうそのようです。尿は紙おむつと尿取りパットで採り、便は浣腸のあとおむつ交換をするという状況が1年位ありました。

リハビリ指導が徐々にではありますが、確実に効果をもたらしてくれました。45分間の訪問リハを週2回受け、リハのない日は、自分で反復練習をしました。その結果は着実に表れました。自宅の二階への階段には、両サイドに手すりを取り付けました。はじめは一段から昇り、自信がついたらもう一段増やすようにしました。目標は13段をクリアし、二階へあがることでした。
現在、むきは変えずに一段ずつ足を揃えて昇り降りができ、一日に5から6回以上、足腰を鍛えるためにも二階で過ごす時間を多くしております。
ベッドサイドに立ち上がるだけでも足がぶるぶる震えていたのがうそのようです。

痛みで動けず、一時期は体重が30キロほどまで減りました。徐々に体重は回復し、この10年位は40キロを維持しております。令和元年10現在の体重は月診もできず、訪問診療が数年続きました。一昨年の秋ごろから車での受診が可能となりました。去年から受診は3か月に一度になりました。
昨年の今頃、9月30日の定期受診時,久しぶりに眺める外の景色に生きている喜びが湧いてきました。イチョウ並木が黄色に色づい見事でした。1997年、今年もそのころにイチョウの紅葉を楽しみながら受診を予定しております。
 秋晴れに恵まれた日はわが家の二匹の猫との散歩を楽しんでいます。クロネコのジジとそのお母さん猫ココ(迷い猫のロシアンブルー)は気が向けば散歩にお伴をしたり、出迎えたりします。
歩行器ですぐ近くにある大型スーパーまで、散歩と買い物を兼ねて出かけます。この季節は真っ青な空、新鮮な空気が心地よく感じます。こんな状況がからこそ、生きている喜びが実感しますね。

【追想】
65才の誕生日を迎えた翌日に緊急入院して4年以上です。
退院したのがなぜか遠い、6~7年ほど経ったような気がします。

65才になった翌日の5月1日、それまで普通の生活をしていましたが、予兆なしのことが起きました。
早朝、その日も早起きし、いつものように趣味の草花の手入れでもしたいと動きを開始。
2階の居間で突然、全身の激しい痛みに襲われました。
這うようにして電話口に手をのばしました。
急いで駆け付けてくれた家族の助けで、救急搬送。
退院は2013年6月5日です。

2015年の夏以来の更新のあと、2017年、2018年と少しずつ更新を重ねています。

それまでの経緯を記します

 1999年に胃がんの全摘手術をしたのですがずーっと忘れていた手術後のダンピング症状がなんと十数年たった今頃突然出てしまいました。
まるで食道がねじれたような感覚です。
原因は子供の頃から大好物の酢蛸(すだこ)。
切り身になった酢蛸をあまりかまずにコックンと飲み込んでしまったことのようです。
食道の一部が塞がれてしまったような感覚。
食い意地のはった自分自身の落ち度です。

二日間は全く食べ物が食道を落ちていかず水分補給もできない状態でした。
危険は承知でしたが、入院せず、体力の消耗をおさえて自宅ですごしました。
涙と鼻水、唾液だらだらの状況で動くと冷や汗の状態。
52キロだった体重は、一時32~33キロまで落ち込み、まさに吹けばとぶような激痩せ。
体力は限界近くになっていました。

2010年12月16日の夕方あたりから少々食べ物が通るようになりました。
お正月を乗り切ったらまだまだ生きられる・・・・!?

自営業の会社を切り盛りする夫との二人暮らし。
日中は、ほぼ一人で過ごします。

寝込まないよう、体力を調整し、家事の大半はできる限り自分でしました。
食事をなるべく工夫し、お魚や肉、野菜などいろいろ入れた具だくさんのスープやカレーなどで栄養補給に努めました。
頭も使うよう、年賀状も発送準備をしました。
われながらあの状態でよくできたと思います。
少しずつ、エネルギーがもどってきていることを実感。
絶対絶命、ほぼあきらめの境地からの立ち直りでした。

回復の実感中!

2014年の新年を迎えようとした頃から、体調が少しずつ上向きになってきました。
車いすでの移動ができるようになり、やがて歩行車をおして散歩や買い物が自分一人で出来るようになりました。
現在、使わなくなったオムツが二階の押し入れにいくつも新しいままで山積みになっております。
車いすで室外に出られるようになり、それまで気にも留めなかった室外のよごれやほこりに気がつくようになりました。
居間にお花を飾りました。
使わなくなった本や机の引き出しの整理をはじまました。
少しずつ、確実にエネルギーがもどってきていることを実感しております。
絶対絶命、ほぼあきらめの境地からの立ち直りです。

昨年あたりから、家の裏庭(約200坪ほど)でお花や野菜を植えました。庭いじりは実家が比較的大きな畑農家だったこともあり、自然に覚えた「昔取った杵柄」です。水やり、草取りなどの手間をひとりで歩行車を押しながら、少しづつやっています。収穫や洗いや、調理も楽しみながらやっています。一時の寝たきり状態を思うと奇跡のようです。やればなんとかなるものですね。

こんなことってあるんですね。

          2016.8.5
            (2010・10・12に初公開)

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思い出のネパール

雪帽のヒマラヤ山脈

遙か連なるヒマールの雪帽
左の写真:カトマンズ滞在中に、朝4時頃に起きてマウンテンフライトを楽しんだ時に撮影。
10人ほど乗せたセスナ機はエベレスト方面に向かい約1時間ほど飛ぶ。これがヒマラヤ、雪の連峰だ。
せっかくネパールに長期滞在しているのだから山を見ずにはもったいない。

エベレストのベースキャンプ近くの氷河

右の写真:フライトだけでは満足できず1年後の10月末、エベレストへのトレッキングに出かけた。天候に恵まれ、標高5,350メートルのベースキャンプまであとわずか。

続きは
   エベレスト街道へどうぞ

沈む夕日を追いかける感じでネパール入り

思い出の国ネパール

ネパールの国旗

はじめてカトマンズの郊外の飛行場に降り立ったのは1973年10月。
当時まだ25才。
青年海外協力隊員の保健師として2年間のネパール派遣でした。
成田空港を出発し、タイのバンコク・インドのニューデリー経由での入国でした。
 
沈んでいく真っ赤な夕日を追いかける感じで、なかなか太陽が沈まなかったのを覚えています。

空港に降り立った時、思ったより気温が高く、少しスパイシーでエキゾチックな空気を感じました。二年間のネパール滞在のはじまりでした。

インドまではJAL
羽田からデリーまではJALで快適な旅 1973.10.18

インドからはRNA
インドのニューデリーでロイヤル・ネパール・エアーラインに乗りかえ、山々を越えてカトマンズ入り
カトマンズから車で約30分の空港に降り立った

こんなことご存じでした?

かなり時間が経過しておりますが、結構今もあまり変わっていないかもしれません。

  • ネパールの人々は、ほとんど毎食スパイシーなカレーを食べます。(1日に2回の食事をするのが普通です。)
  •  1日2回の食事の合間に数回、温かいネパール紅茶(砂糖入りのミルクティー)を飲みます。日本とほとんど同じ発音で“チヤ”で通じます。
  •  民族衣装のサリーは日々の暮らしの中でとても便利です。
    パーティーなどで正装すると、美しく優雅です。振袖に負けないほどの魅力を出すことができます。
  • カレーやご飯など食事は右手でたべます。指をスプーンのように親指を動かして器用に食べ物口に入れます。慣れると手で食べる方がおいしく感じてきます。
  • ネパールでは時間が超ゆっくりながれていきます。せかせかあせって走り回る姿はあまり見かけません。日本の駅前での駆け込みダッシュなんて光景、ネパールの人にはとても信じられないことです。
  • ネパールではお互いの約束事は守れるかどうか、日本人の感覚よりはかなり甘いです。お互いにせめたりしません。あまり細かいことはいいっこなしです。
  • 天気予報は必要なしです。雨期と乾期しかないので。雨期は雨が降って当たりまえ。数日降り続くこともあり、雲が流れて晴れ間が見えることもあります。晴れた日のスコールは急な大粒の雨です。気持ちいいですよ。
    乾期は毎日晴れ、抜けるような青い空です。緯度的には赤道に近い位置にあるのですが、空気が乾燥しているためか、木陰に入ると涼しく、殆ど汗をかきません。
  • 牛は神様のお使い。大事にされています。道路をよく歩いたり、寝そべったりする姿を見かけます。首都カトマンズでは最近、車が多くなり牛も危険にさらされているかも・・・。

 書き足してだいぶ重くなってしまいました。編集後記の輝坊日記はページを独立させました。お立ち寄りください。追ってトレッキング・観光案内なども別ページに移動の予定で作業をすすめています。 2016.9.8記

まずは、おいしかったスパイシーカレーネパール紅茶サリー・秘境の醍醐味を味わうトレッキングなどをご紹介したいと思います。
ネパールに関する情報を積み重ね、“ネパール情報館にきたら、ネパールに関するほしい情報が得られる!”というHOMEPAGE作成をめざします。

あせらず、少しずつ積み重ねていきますので興味のある方は時々訪れてみてください。

                    2019.10.23

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